日光市では平成元年から、駅前広場の見直しが始まりました。
市民や観光客に、より快適な駅前利用を提供するため、ロータリーで人と車両の分離を図り、その内側を環境広場として整備して集合場や休憩場として活用するといった構想でした。
街の玄関としての格調も大切ですし、日光の豊かな自然を象徴する意味でも「樹木」を中心にしていく方針が決定しました。
当時の日光市長は樹木に詳しい方で「座敷箒を逆さにしたような理想的な樹形を持つ、一本立ちのケヤキ」という意見で、環境広場はケヤキをメインとした「ケヤキ広場」と命名されることになりました。。
ちなみに樹形には上のような「一本立ち」のほか、根元から複数の幹が出ている「武者立ち」があります。

当時はバブル絶頂期、栃木県内はゴルフ場新設ラッシュでした。
懸念したとおり、樹形の良いケヤキはみなゴルフ場に押さえられてしまい、中々良いケヤキが見つかりません。連絡が入るたび、圃場を尋ねますが、圃場で大木になっている木は、隣接する樹木どうしで枝葉が重なり合ってしまい、樹形が変形する傾向にあることに気づきました。

「こうなったら、屋敷のケヤキをどこかで譲ってもらうことを考えないと…」そう話すと、樹木を取り扱うTさんは、思いがけず「真岡市内にいいケヤキがある」といいます。早速二人で見に行くことにしました。
以前にも交渉したことがあると言うことでしたが、その時はゴルフ場には譲らない、という意向だったそうです。
そのケヤキはすぐにわかりました。樹高は10メートルを超え、6メートルあたりから枝が広がり、理想的な箒状の一本立ちです。その姿は誇らしげでもありました。

日を改めて、所有者であるおばあさんのお宅へ、日光市役所の職員の方々もいっしょにうかがいました。
話を聞くと、このケヤキはおばあさんが嫁いだときに、背丈ほどの苗を植えたものだそうです。
日当たりがよかったせいかすくすくと伸び、近所ではちょっとしたランドマークになっているとのこと。
春には小鳥が巣作りをして育っていくそうです。
過去にも何度か譲渡を持ちかけられたそうですが、ゴルフ場とのことですべて断っていました。
今回の話については、すでに独立された息子さんたちも「母さんの好きにするのが一番」と承諾をしてくれたそう。
また亡くなったご主人が旧国鉄職員であったとのこと。そんな縁もあり、ついに譲っていただくことになりました。
何十年も自宅にあった木です。なくなるのはとても寂しいに違いありません。私たちの申し出を承諾してくれたおばあさんの気持ちに、ただただ頭が下がる思いでいっぱいになりました。

それから3日後にケヤキは掘り上げられて、日光駅前にやってきました。大勢の人々が見守る中、ケヤキは駅前にその見事な姿を現しました。

おばあちゃんのケヤキは今年、日光での20年目を迎えます。
今年も観光シーズンには、訪れる人々に、暑い日差しをさえぎり心地よい木陰を提供してくれることでしょう。

失われる自然があるなら、新しく造り出す自然が必要です。
モノを造り出すのは技術だけではなく、人の心であり、感性です。
そこには物語があります。
景観づくりや庭造りを通じて、そんな人と人との物語を紡いでいけたら、これ以上の喜びはありません。

Notes
・JR日光駅前広場
・平成2年4月27日完成

このケヤキにまつわるエピソードは、『新聞に載らない小さな事件 Vol.5』(新風舎刊 2007年9月)に詳しく掲載されています。