宇都宮市では国際化の推進、国際理解・交流の推進を図るため、次の各都市と姉妹・文化友好都市関係を築き様々な分野での交流を深めています。

昭和57年(1982年)
 マヌカウ市(ニュージーランド)と姉妹都市提携
昭和59年(1984年)
 チチハル市(中国)と友好都市提携
平成元年(1989年)
 オルレアン市(フランス)と姉妹都市提携
平成4年(1992年)
 タルサ市(アメリカ)と姉妹都市提携
平成7年(1995年)
 ピエトラサンタ市(イタリア)と文化友好都市提携

1994年、中でも最初に宇都宮市と姉妹都市を結んだニュージーランドのマヌカウ市は、提携10年以上を記念し、市庁舎前庭の一角に日本庭園を造る計画を立てていました。

その年の10月末、マヌカウ市から経済視察団が宇都宮市を訪問した際、意向を市に示すため、彼らは自国で描いた庭園の図面を持参して来ました。

当時私が勤務していた会社の社長から「市からマヌカウ市の書いた図面を見せられたが、日本人の目からはイメージが程遠いい。本当のジャパニーズガーデンを提案します。と約束してきたから。よろしく」と言われました。

私は、新婚旅行でニュージーランドに行きましたが、日本と同じ左側走行が親しめて、とてもいい国でステキな印象を持っています。

社長からのプレッシャーは強烈でしたが、「ゼヒともすばらしい提案をしたい」という意欲に燃えました。

現地の写真が何枚か送られてきます。もちろん説明書も英語です。辞書を片手に現状把握に悪戦苦闘していました。

計画に当っては次のように考えました。

私は当初、日本庭園の観賞的な部分(目に映るもの・心に触れるもの)を提供したかったのですが、施工は地元現地の外国人が行うと聞いたことから「技巧を多分に要する計画は返って逆効果になりかねない」と思いました。

そこで、日本庭園の様式を適切にアレンジして、散策・利用機能を優先させ随所に日本庭園らしさを表現した、異国の人に判り易く、楽しんでもらえる庭園のデザインを試みたのです。

製作には約1ヶ月を要しましたが、その間私の弟が13年間アメリカにいたのが幸いして、焼き鳥屋で呑ませ、企画書のすべてを翻訳してもらいました。

市の秘書課交際交流係りから「来月早々、マヌカウ市に向けてこの図面を発送します。ほぼこの図面に沿って庭園は造られるはず。地球の反対側で宇都宮市を思ってもらえるなんてすごいですね」と連絡が入りました。

その後宇都宮市とニュージーランドマヌカウ市との姉妹都市15周年に向け、1年ががりで工事が行われたようです。現地に行ってみたかったのですが、今だにチャンスがなくて残念です。

忘れかけていた頃にニュージーランドの民芸品マオリ族の木彫りの置物(カヌー)がお礼として送られてきました。

庭園の解説板には意匠の説明とともに設計者である私の名前が刻まれています。

Notes
・ニュージーランドのジャパニーズガーデン
・平成9年3月6日完成